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待望の邦訳ついに出版!U・エーコ『女王ロアーナ、神秘の炎』

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今回は、日本でも人気のイタリア人作家、ウンベルト・エーコの『女王ロアーナ、神秘の炎』を紹介したいと思います。この小説は今年2018年の1月に邦訳が出版されました。

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この小説は7作あるエーコの長編小説の中では5番目に書かれたものですが、邦訳としては7作中7番目となり、これでエーコの長編小説は日本ですべて翻訳されたことになります。

エーコの経歴については「新刊紹介『ウンベルト・エーコの小説講座 若き小説家の告白』」の記事で確認できます。

この記事では、作品のあらすじを追った後、この作品全体を貫く三つの特徴を紹介していきます。

ウンベルト・エーコの『女王ロアーナ、神秘の炎』

あらすじ

「小説『女王ロアーナ、神秘の炎』は、主人公が1930年代の思い出の品々をまるで考古学者のように発見していく物語です。」(『ウンベルト・エーコの小説講座』 、第4章、p.220)

1991年、ミラノで古書店を営むジャンバッティスタ・ボドーニ(あだ名はヤンボ)は、ある事故をきっかけに記憶喪失になってしまいます。ヤンボが失ってしまった記憶とは生活や知識にかかわる蓄積された記憶ではなく、自分自身に起こった出来事にかかわる「エピソード記憶」と呼ばれるものでした。

家族や仕事、子供時代、これまで自分に起こった全てを忘れてしまったヤンボは、妻パオラや親友ジャンニ、そして職場の魅力的な同僚シビッラの助けを借りながら、まるで古文書を読み尽くし過去を知ろうとする考古学者のように自分の「記憶」を「発見」していきます。

こうした描写は、イタリアの当時を知らない人にとっては、いささか退屈かもしれませんが、贅沢に散りばめられている原色図版の助けを借りて、主人公と一緒に30年代のイタリアを「発見」するというのも、この小説の醍醐味の一つです。

ヤンボの客観的な目によって発見されていく「記憶」の数々の記述は、読む人に、手繰る手を止められない百科事典さながらの魅力を感じさせてくれます。

特徴1.「発見」される「記憶」とファシズム

この小説の中心に据えられたテーマは「記憶」です。それでは一体何の記憶なのかといえば、具体的にはファシズム時代の記憶といえるでしょう。1991年に60歳を迎えようとしている主人公ヤンボは、十代の頃、イタリア激動の時代を経験しています。

ファシズムを描く小説は、しばしばとても主観的な視線から、ファシズム批判のために、あるいはレジスタンス賛美のために描かれがちです。しかし、エーコはファシズムを描くにあたって、記憶を喪失した主人公がファシズムを経験した少年自体の自分を「発見」するという手法を選択しました。

ベニート・ムッソリーニ

その手法によって、この小説を読む私たちは、重たい先入観にとらわれることなく、主人公と一緒にファシズムを「発見」していくことができます。子供の目を通じて描かれるファシズムの姿は、エーコの先輩作家イタロ・カルヴィーノ『くもの巣の小道』の手法も思い出させるものになっています。

特徴2. スキゾフレニーな時代

20世紀の小説に顕著な、分裂あるいは精神分裂(スキゾフレニア)の傾向が、この作品の中でも顕著に表れています。

記憶を喪失した主人公が、文字どおり、失われた記憶を求めて奮闘する姿はもちろんのことですが、この作品で顕著に現れるのは、主人公の子供時代、すなわちファシズム時代のスキゾフレニーな傾向です。そうした傾向は、本書の中で描かれる、ファシズム期に流行していた大衆文化の矛盾から推察することができます。

たとえば、イタリアでも大人気だったミッキーマウスの例があります。ミッキーマウスは30年代にアメリカから漫画として輸入され、イタリア語ではミッキーマウス=topolino(トポリーノ)という名前で親しまれていました。

1941年12月30日のトポリーノ

しかし42年に、イタリアにとってアメリカが戦敵になると、ミッキーマウス漫画もファシズム政府による規制の対象となりました。42年から45年の間、トポリーノはTuffolino(トゥフォリーノ)という名前のイタリア人に書き換えられただけでなく、漫画の内容自体も支離滅裂なものになっていきました。

輸入したアメリカ漫画や映画をイタリアナイズするという矛盾は、この作品のなかでも他にもたくさんの例が見られます。こうした矛盾を自分はどのように受け止めていただろうか、と主人公ヤンボは自問自答します。

分裂的な矛盾は当時の大衆文化の特徴であるだけでなく、特定のイデオロギーを持たなかったと言われるファシズム自体の傾向にも当てはまるものではないでしょうか。

特徴3. 百科事典あるいはリスト

百科事典的な小説、というと聞きなれない響きのように感じるかもしれませんが、この「百科事典的」という特徴を発現させることは、エーコが全ての小説において試みたことであると思います。

その言葉の起源は18世紀の啓蒙主義に遡りますが、網羅的という意味では、イタリアにおいてはダンテの『神曲』やルドヴィコ・アリオストの『狂えるオルランド』などもその範疇にあるといえます。

百科事典的な小説に関するエーコ自身の考えについては、講義録『ウンベルト・エーコ 小説の森散策』『ウンベルト・エーコの小説講座』等に詳しく書かれています。

『女王ロアーナ、神秘の炎』は、冒頭、さまざまな小説の中のイメージが重層的に絡み合った霧の中の夢を見ているシーンから始まります。その後も、エピソード記憶だけを失った主人公の頭の中には、それまで溜め込んだ小説の記憶から、次々とあらゆる小説の一節が浮かんできます。

分かりやすいものとして、マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』、トーマス・マンの『魔の山』、ユイスマンスの『さかしま』などなど。もちろんエーコが大好きな探偵ホームズやメグレ警視の姿も見えます。

小説の典拠を知らない読者にとっては、何気ない一言、あるいは含蓄のある比喩として通り過ぎていきますが、典拠がピンとくると、一歩進んだ「経験的読者」として一味違った面白さを味わえると思います。

文学好きのみなさんは、常に手元に置いておく本としてこの『女王ロアーナ、神秘の炎』を選んでみてはいかがでしょうか。他の小説と出会う文学体験が進めば進むほど、あなたの『女王ロアーナ』もまた深みが増していくかもしれません。

さいごに

いかがでしたか。この小説は、ファシズム、スキゾフレニー、百科事典など、様々な文脈の中で理解し、発展させていくことができる作品なのではないでしょうか。

イタリア文学だけではなく、文学全体やまたこの作品が書かれた時代にまで思いを馳せながら、味わってみて欲しい作品『女王ロアーナ、神秘の炎』でした。

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  • この記事を書いた人

編集者N

大学でイタリア文学を専攻。特に現代イタリア文学を中心に研究を行っていく予定。好きな街はヴェネツィア。

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