【世界遺産】教皇が愛した町・ピエンツァの歴史と観光スポット

 2017/03/09

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ピエンツァの歴史

ピエンツァはイタリアのトスカーナにある、人口2000人ほどの小さな村です。「トスカーナの小さな宝石」と呼ばれるここは、世界遺産にも登録されています。

ピエンツァの町は、かつてはコルシニャーノ(Corsignano)と呼ばれており、アミアータ山の大修道院がこの町を所有していたそうです。

その後に自治都市のシエナ、そしてピッコローミニ家の領土となっていくというような、周囲に常に影響を受けながら歴史を過ごしてきた町であると言えます。

ピオ2世から動き出す

その様な町の運命が突如として動き始めたのが1458年、1405年にこの地に生まれたエネア・シルヴィオ・ピッコローミニがピウス二世としてローマ教皇の地位についたことにその端を発します。

ピウス二世は、人文主義者ウマニスタと呼ばれており、当時のかなりの知識人で多くの書物を著した文人教皇であったとされています。

そのピウス二世は、先ずコルシニャーノという町の名前を、現在の「ピエンツァ」へと改名し、三年計画で小さな田舎町を、自分の理想の都市に作り替えようとしたのです。ピウス二世の命を受け、その設計にあたったのがルネッサンスを代表する建築家、ベルナルド・ロッセッリーノです。

ロッセッリーノの登場

ロッセッリーノは、教皇の深い学識をこの町に反映させ、15世紀の人文主義文化の理想郷を作り上げようとしたのでした。ただ残念ながら1461年のピウス二世とロッセッリーノの死によって、理想郷は最後まで完成することは出来ませんでした。

未完とはいえ、オルチャ渓谷の丘の上にたたずむ美しい姿は、まさに宝石そのもの。ピウス2世が描いた理想郷は、今も輝きを失っていません。

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