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「死にゆく町」の由来とは?チヴィタ・ディ・バニョレージョの歴史・今日を徹底解説

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「死にゆく町」にはどんな歴史が?

イタリア有数の秘境である、中部イタリアの小さな町「チヴィタ・ディ・バニョレージョ」。最近では「死にゆく町」「天空の城」という名前も徐々に知られはじめ、徐々に多くの観光客が訪れています。

そんなチヴィタには、どのような歴史があるのか、その辺りのことを丁寧に解説させていただきたいと思います。

死にゆく町の名前の由来

チヴィタ・ディ・バニョレージョは、なぜ「死にゆく町」と呼ばれるのでしょうか?それは現代のイタリア人作家である、ボナヴェントゥーラ・タッキ(Bonaventura Tecchi, 1896-1968)という人によって付けられたものです。彼はこの町のことを“la città che muore(死んだ町)”として形容し、それが後世まで遺されていったのです。

チヴィタの歴史

では、チヴィタ・ディ・バニョレージョの歴史について、古代から現代まで簡単に追いかけていくことにしましょう。

1.チヴィタの‶創世記”

エトルリア人の壁画(イメージ画像)

さて、チヴィタの歴史はいつ頃から始まったのでしょうか?

実はチヴィタ自体の歴史は、ローマよりも古いとされ、2500年以上前に中部イタリアに住む民族であるエトルリア人によって作られました。チヴィタにある道もその頃作られたもので、現存する最古の道の一つとされているほどです。

火山噴火による凝灰岩でできた大地は、雨や風、川の侵食などの影響を受けやすいため、エトルリア時代から古代ローマ時代にかけて、自然の城壁を利用する目的で丘の上に町が作られ、チヴィタもそのひとつだったのです。

チヴィタの町の入り口は、5つの門から構成されていましたが、今日ではサンタ・マリア門というのが最も主要なものとなっています。もともとはチヴィタの奥に見える谷から、トンネルでチヴィタまで繋がっていたんだとか。これらの道はもともとはエトルリア人が作りました。

2.ローマ人が住んだ時代

エトルリア人が去った後はローマ人が住み始めることに。ちなみに先ほどエトルリア人が作ったと書いた道も、その後はローマの幹線道路に活用されていきます。

また古代の時代から非常に地震活動は活発だったために様々なものが改修工事などがされ続けています。

そのため、常に地震に負けないような、川を引く用水路や雨水のための水道などを作ることが生きる上で求められ、用水路技術が非常に発達していたといわれています。

3.中世ールネサンス時代

前述の通り、地震だけでなく浸食、さらには隆起などの影響で町は常に難しい状況にさらされることに。町の崩壊は町ができたときから続いてきました。さらに1287年から5回の地震に見舞われます。

それでも、町並み自体はまさにイタリアの中世都市そのもので、実際にルネサンス期に建設された様式が今日まで残っています。

4.近現代

そして極めつけとして、1764年における大地震では、隣町バニョレージョ(チヴィタ・ディ・バニョレージョとバニョレージョは別の町です)へつながる道が崩壊し、多くの住民が町を離れたことにより、チヴィタは廃墟の町になりました。結果的に現在では10-15人ほどの住人が暮らすのみで、町に入るには300mもの細い橋を歩いて渡るしかありません。

5.「死にゆく町」の過去まとめ

最後に、チヴィタが死にゆく町になっていった経緯を簡単にまとめ直しておきましょう。

チヴィタは「死にゆく町」などと形容されることもあり、人口は約10人程度だといわれています。ではなぜこれほど人口が減少したのでしょうか。

もちろん単純にアクセスのしにくい場所にあり、若者がどんどん離れ、老人だけの町になってしまったということもあります。ですがそれだけではなく、中部イタリアウンブリア州はイタリアの中でも地震が非常に多い場所です。

そして前述の通り、何百年もかけて何度もの地震が起こり、徐々に町は崩壊、そして人口が流出していくことに。

そして、丘上の町部分を繋いでいた唯一の道路の崩壊後、老人と崩壊した町が残され、チヴィタ・ディ・バニョレージョは近代化から取り残された、文字通り“死にゆく街”となったのです。

6.チヴィタの今日

チヴィタにいた猫

最後にチヴィタの今日について簡単にご紹介しておきます。

チヴィタが観光地として注目され始めたのは、ここ10-20年程度で、それ以前は本当に人のいない秘境中の秘境でした。ですがその素敵な町は映画や観光ガイド、インターネット(SNSなども)による普及を経て、徐々に外国人観光客に届くようになっていきます。そしてなんと今日は、年間30万人が足を運ぶ一大観光地となっているというから驚きです。

ですがそのチヴィタは、今でも難しい状況に置かれていることは事実です。特に最近では、地盤崩壊による崖崩れなどがあちこちで起こっています。これらを契機として、2013年からは入場料を取るなどしながら、必死に観光資源の維持を進めています。

さいごに

いかがでしたか?チヴィタを訪れる前に、その歴史について学ぶ機会となれば幸いです。その他の記事でもチヴィタのことを色々と解説していますので、是非ご覧ください。

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  • この記事を書いた人

ゆうさん

『BUONO!ITALIA』の代表をしています。 ローマ・ラ・サピエンツァ大学に1年間留学。シチリア出身マンマが牛耳る大家族にホームステイし、様々な側面に触れる。イタリア語はCILS C1レベル。 現在は、イタリアの国民性と中小企業経営について卒論研究中。主な執筆記事は、社会問題、旅行、カルチョ、ポップ・ミュージックなど。

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