社会

私がイタリア人の子どもに言われて本当に悲しくなった2つのこと

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イタリアにいる以上、差別という話は避けて通れない、ということは以前もお話したかと思います。一見すると何にでもオープンに見えるイタリアでは、想像以上の保守的な思考と、人種主義が横行しています。

今回は、その根深さを説明するのにきっと役に立つであろう、イタリア人の子どもを通した人種差別について考えてみたいと思います。

目次

私が何とも言えない気持ちになった2つのお話

ケース1:突然のニーハオ

私がローマ郊外ティヴォリへ日帰り旅行に出かけた時のお話です。私はティヴォリにある2つの世界遺産ヴィッラ・デステとヴィッラ・アドリアーナという2つの庭園を見るためにティヴォリを訪れていました。一通り観光を終え、夕方になった頃、ヴィッラ・デステが閉まる時間になって私が外に出ると、近くの広場で子どもたちが何人か遊んでいました。ちょうどその広場の一角が保育園が面していて、帰る時間になった子どもたちが、そこにいたようです。

「相変わらずイタリア人の子どもはかわいいな」なんてのんきなことを考えていると、その中からある声が聞こえました。「中国人だぞ!(Cinese!)」「ニーハオ!」といった声でした。恐らくティヴォリにはアジア人を見かける機会がローマほどは多くなかったので珍しさを感じた点もあったとは思います。ですが彼らの表情は、明らかに人をからかい、中国人だ!というのを楽しんでいるかのような不敵な笑顔。

思わずちょっとイラっときてしまった私が「俺は日本人だよ」と返すと「ウオォー!」と騒いで笑っています。それ以上は何も言わずにその場を去りましたが、後から何とも言えないイライラと虚しさとが襲ってきました。それは一緒に旅行していた友人も同じだったようで「なんかムカつく」とイライラ模様。

そして印象的だったのが「子どもの近くには親がいた」ことでした。アジア人に対してわざわざ聞こえるように「ニーハオ」と声をかけるというのは、少なからず良いことではありません。観光客狙いのレストランなどでなければ、なおさら声をかける必要はありません。攻撃的な意思表示が見て取れます。ですがそこで大人(恐らく親)がとった行動は「無視」です。子どもたちがアジア人に対してちょっかいをかけ、笑っている様子を眺め、叱るでもいさめるでもなく、何もなかったかのように、まるで当たり前のことであるかのようにしていたのが非常に印象に残りました。

ケース2:猿!遊んで

私はローマでホームステイをし、イタリア人おじいちゃんとおばあちゃんと生活をしています。彼らの孫は私と年代が同じで、よく遊びに行くこともあれば、家で遊ぶこともあります。

その日は孫のうちの一人で、一番仲の良いルーカの家で一緒にPS(プレイステーション)4で遊んでいた時のことでした。マンションの隣の家のお母さんが「買い物に出かけるから」と言って2人の女の子(12歳と5歳)を預けていきました。上のお姉さんとは既に面識があったのですが、下の妹とはその日が初対面。見慣れない私がいたことに興味津々だったようで、私にも「遊んでよ~」などと絡んできます。

ここまでは可愛くて平和な時間だったのですが、ある一言が私を揺さぶります。

、ゲームばっかりしてないで遊んでよ」

一瞬何を意味しているのか分からず固まってしまいましたが、意味していることが分かった瞬間、何というか、血の気が引きました。その後も私が日本人だと分かっているのに、「興味ないよ」とのたまい、ずっと「中国人(Cinese)!」と私をからかって呼び続ける始末。そこには何の悪気もない。そこが一層気味の悪さを感じさせました。

その後しばらくしてお母さんが娘たちを連れて帰りました。ルーカは「やっとうるさいのが帰ってくれたよ」なんて言って、私も「そうだね」なんて返してゲームを続けましたが、内心では動揺が大きかったです...。

ヨーロッパでは様々な場面で、アジア人に対して猿などの差別をすることがあるのは事実です。最近ではサッカー韓国代表でイングランドのトッテナムホットスパーというチームに所属するソン・フンミン選手が、このような差別を受けています。

これは韓国の伝統的な食文化である“犬食”を批判したものだ。実際、韓国に「ポシンタン」という犬肉料理はあるが、近年ではその需要は下がっていて人気もない。ほとんど犬食文化は失われつつあるが、イングランドではまだこうした偏見が根強く残っている。 また、韓国紙「朝鮮日報」によれば、「『核爆弾!』と叫んだり、アジア人を猿にたとえて、その鳴き真似をして挑発していた」という。

情報源: “犬食”批判や猿の鳴き真似も… 韓国代表FWへの英サポーターの人種差別チャントに母国紙も憤慨 (Football ZONE web) - Yahoo!ニュース

何が私の心を抉ったのか

日本で育ってきた私の「甘さ」

私は20年間日本に住んでいました。海外旅行には毎年のように行っていましたが、留学は今回が初めて、つまり相手の話す言葉をしっかり理解できる状態での海外経験はまだまだ浅い段階だと言えます。

単一国家民族で、移民も少ない日本という、比較的人種による差別を感じにくい土地で暮らしてきた私にとっては、この小さい子どもから受けた声というのは、説明しがたい形で頭の中に残っています。

無垢な子どもの視線

そして彼らの純粋無垢なあの目や振る舞いが、より深く心を抉りました。悪気がないからこそ、自分のしたことに気づけていないということ、それが何とも言えない闇としてイタリア社会にあるのではないか。また、彼らを育てている親が、それに関して何ら関心を示していない、つまりそう声をかけたことを何ら悪いと思っていないということが、さらに状況を悪くしています。

イタリア人たちは、アジア人に対して中国人と「意味もなく」呼んだりすることに、何らかの面白さを見出しているのかもしれません。私たち日本人に対しても非常に気分が悪いことですから、実際にからかいの対象となる中国人にとってはより苦痛なことではないかと思います。

誰もがそうではない。だが、

もちろん、このようなことは全ての子どもや親に当てはめるべきではありません。私のホームステイをしている家の孫の中にも5歳の女の子がいますが、今まで私に何かのからかいなどをしたことは一度もありません。むしろ一緒にいると楽しくおしゃべりすることができます。

ですが少なくとも、「上述の差別を何とも思っていない人が一定数存在する」ということは頭に入れておくべき事実かと思います。

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  • この記事を書いた人

ゆうさん

『BUONO!ITALIA』の代表をしています。 ローマ・ラ・サピエンツァ大学に1年間留学。シチリア出身マンマが牛耳る大家族にホームステイし、様々な側面に触れる。イタリア語はCILS C1レベル。 現在は、イタリアの国民性と中小企業経営について卒論研究中。主な執筆記事は、社会問題、旅行、カルチョ、ポップ・ミュージックなど。

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