【レビュー】コーヒーからイタリア文化を読み解く『バール、コーヒー、イタリア人』

【レビュー】コーヒーからイタリア文化を読み解く『バール、コーヒー、イタリア人』

ゆうさん

学生時代にローマ・サピエンツァ大学に留学し、シチリア出身マンマが統べる大家族にてホームステイ。今は日系企業で国際提供業務に従事する社会人3年目。イタリアで仕事をする機会を細々と狙っています。サザンオールスターズとサンドウィッチマンが大好き。

バールって何よ!

イタリアを訪れた方なら、誰もが目にしたことがあると思われるBARの文字。イタリア語ではこれを「バール」と呼び、人々に愛される憩いの場となっています。

ですが、「バールって一体なんなの?」という問いに答えるのは、想像以上に難しいもの。この記事ではそのバールの謎に迫り、さらにはバールから見えてくるイタリア文化にまで着目した一冊『バール、コーヒー、イタリア人 グローバル化もなんのその』をご紹介いたします。

出会ったキッカケ~購入まで

就職活動がひと段落ついた4月末。「そろそろ卒業論文の準備に取り掛からねば」と思い、様々な文献探しに奔走していた私。卒論にもイタリアのことを取り上げるつもりでいたのですが研究に必要そうな本は、どれも非常に堅めで骨のありそうな専門書ばかり。

就活終わりの弱った私には、やや厳しそうだなと感じ、専門書と並行して読める新書を探していました。そんな時に出会った新書のうちの一冊が、この『バール、コーヒー、イタリア人 グローバル化もなんのその』です。

本の内容

著者紹介

この本の著者は、島村菜津氏。東京藝術大学芸術学科卒業をした後、現地で様々な取材活動を通じ、スローフードやスローライフという分野における様々な書籍を出版してきました。日本において「スローフード」という言葉が普及させた、大変功績のある方です。

また、島村氏はノンフィクション作家としても知られています。1999年の彼女の著書『エクソシストとの対話』は、「小学館・21世紀国際ノンフィクション大賞」を受賞しました。

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この記事で取り上げる『バール、コーヒー、イタリア人』については、スローフード的な流れを汲んだ一冊です。

概要

この本は一言でいえば「イタリアのバールについて徹底的に書いた本」だと言えるはずです。「バールとは何なのか?」というシンプルな問(だが答えは想像以上に単純ではない)から始まって、バールの誕生とその歴史や、地方ごとにそれぞれ少しずつ特徴が異なるバールの存在、イタリア人にとってバールとはどのようなものなのかなどが記載されています。

イタリアはさながら、バールの迷宮である。…(中略)…大学にもバール、病院にもバール、広場にはこぞってバール……。そのうちにすっかり刷り込まれ、BARの文字を見れば、涎を垂らして入ってしまうのではないか。

ー第一章 イタリアのバールとは?(p6)ー

また、そのバールにおいて重要な役割を持つコーヒーについても、詳細な記述とともに紹介しています。ここまで深く、イタリアのバール事情に踏み込んだ和文書籍は、ないと言えるのではないでしょうか。これを読めば、バールに関する豊富な知識が身に着けられることは確かです。

「バールって何?日本のバーみたいなもの?」

そう、友人に訊かれる。

美人のいる銀座のそれとは、ちょっと違うが、そうでないバーなら重なる部分はある。だが、もうちょっと気楽で敷居が低いし、お酒もいろいろ飲めるが、夜型とも限らない。コーヒーが飲めて、軽食ができる、これは基本である。

「コーヒーが飲めるのなら、喫茶店?」

広い意味ではそうかもしれない。しかし、あの空気が停まったような感じとは、無縁である。ゆっくり座って飲むことがあるが、大抵は、立ったまま、さっと飲んで、さっと出るという、せわしない場所である。

…(中略)…

「だったら何なの!」

宝石屋や質屋でないことだけは確かだが、時にはケーキ屋だったり、ジェラート(アイスクリーム)屋だったり、タバコ屋、トトカルチョ屋にも、堂々とバールと書いてあるから、ややこしい。

ー第一章 イタリアのバールとは?(p6)ー

特徴①:わがままな注文が独創性や柔軟性を生むバール

イタリアのバールは本当に多種多様ですが、どのバールでも、様々な飲み物が注文できます。

一応、申し訳程度にメニューがあるはするものの、そのメニューから外れて「リキュールを多めにしてくれ」とか「オリジナルカクテルをつくってくれ」とか「ミルクを減らしてくれ」とかそんな注文をしても、かなりの場合融通が効いてしまうのがバールの面白いところ。

…(前略)…イタリア人の青年が、想像を絶する注文をし、現実の岸辺へと引き戻した。

「ねえ、頼むからさ、三色旗(赤、緑、白)を使った、元気が出るようなジェラートのカクテルを作ってくれないかなあ。ジンベースがいいな。」

そう言えば、ちょうどその晩は、イタリアがワールドカップの優勝をかけて、宿敵フランスと対決する決勝戦の日だった。

さあ、どうするんだ、と見守っていると、頼まれた方の若い女性は動じる気配すらなく、あいよっとばかりに任務を遂行し始めた。

ー第三章 わがままな注文が、ファンタジーを育てる(p72-73)-

こんな注文も許されてしまうバール。この経験から島村氏は、あることを考えたようです。

想像を絶するわがままな注文。客に与えられた権利は、メニューに印刷された注文だけと考えれば、これほど迷惑なことはない。しかし、これがあっさり受け入れられるとなれば、話は違う。それはもう、わがままであることをやめて、ファンタジーの領域に入っていく。予期しない注文が、想像力をかきたてる。いうなれば、わがままな注文が、かえってファンタジーを育むのである。

ー第三章 わがままな注文が、ファンタジーを育てる(p74)-

そして、こういったわがままな注文とそれに応えることこそが、そのお店やその店主のオリジナリティを生み、柔軟性ある接し方を生む秘訣でもあるのです。

島村氏も例として挙げていますが、日本のカフェチェーン店において、そんなわがままな注文をする客は「困った客」であり「迷惑な客」になってしまいます。ですがその姿勢こそがマニュアル一辺倒になり、均質的で新しい発想が消えていく環境を生み出してしまうのではないでしょうか。

もちろん、イタリアのバール式に日本がなる必要は一切ありません。それぞれに別の良さがあるのです。ただ、常に均質やマニュアルを目指し、効率化を図ろうとしたことが、「サービス業の労働生産性低下」という結果を生んだとしたら、何とも皮肉なものです。

特徴②:イタリアのバールの条件

別記事「グローバル化に抗えるか…イタリアとスターバックスの歴史・現状・将来性を考察してみた」でも解説した通り、イタリアにはスターバックスはまだありません。それは、イタリア全国にバールが圧倒数あり、それが地域の人々の生活と密着しているからです。チェーン店には見せられないこだわりを持ち、イタリア人のあらゆる時間を演出するのがバールなのです。

バールの主人たちの言葉が印象的です。

「イタリアにも外資系の大型スーパーは進出してきたさ。夜中はやらんがね。だから、ここみたいに小さな個人店は、質の良さにこだわらなきゃダメなんだよ。」

ー第一章 イタリアのバールとは?(p17)ー

「僕はね、バールマンというのは、とてつもなく大切な仕事じゃないかと思ってるんです。客の立場になってみれば、バールというものは、街の入り口、覗き窓ですよ。…(中略)…つまり、たまたま立ち寄った一軒のバールで、街の印象はがらりと変わってしまう。そうじゃないですか。」

ー第四章 一杯飲み屋としてのバールー(p95)

イタリアにはなんと700もの焙煎所があるとされ、それらの1つ1つで生み出されるコーヒーの粉の味は異なります。店主はそれぞれの豆や粉を吟味しながら、最も地域の人々に人気がありそうなものを選ぶのです。ここまで徹底してコーヒーにこだわり、人と人の繋がりに携わる、バール以外ではなかなかできることではありません。

そして、バールの魅力とは、とどのつまり「人間力」ではないか、と島村氏は考えています。

「店が人を惹きつける力は、結局、バールマンという人間にあるんです。その観察力、目と目で交わす会話、そこから生まれる小さな信頼関係です。それがなければ、僕らは、カフェを淹れるだけのただのマシーンと変わりありません。日に何百杯もエスプレッソを淹れて、注文通りのカクテルを作り、その間に皿とカップを洗う。こんな重労働はないですからね。客が自分を信頼して通ってくれているという張り合いが、この仕事の本当の面白さでもあるんです」

ー第四章 一杯飲み屋としてのバールー(p97-98)

誰よりも人の話を聞くのが好きで、客から信頼されていることで頑張れるバールマンたち。機械化された時代。だからこそイタリア人にとって大切な「バールにいる時間」だけは効率化しない。これがバールマンたちの、介在価値の出し方なのかもしれません。

特徴③:スローな生業、バール

ファストフードがはびこる世の中。それを迎合せず、地域の人々の声に耳を傾け、いつの間にか地域の人の寄り合い所のような場所になるバール。BS日テレの人気番組「小さな村の物語 イタリア」でも、毎週の登場人物たちが、バールへ足繁く通い、同じ村の仲間との交流を楽しむ姿が見られます。

そんな光景は、多くのイタリア人とバールが切っても切れない関係にあることを感じさせてくれます。もちろん、都会のバールなどでは、そういった姿は見られず、現代化の足音は近づきつつあります。そんな時代だからこそ、人と人の繋がりを楽しみ、ゆったりとした時間を楽しむ、そんなバールは、これからのイタリアにも求められていくはずです。

その一方で、イタリアの小さな町では、土着型バールが悠然とスローななりわいを続けている。バールは、ある意味で、イタリア社会の縮図だ。人は、そこで社会的な鎧を脱ぎ捨てる、その人間くささを楽しむ。…(中略)…

そこには、徹頭徹尾、人間が真ん中にいる。だからこそ、私もイタリアのバールが大好きなのである。

ー第九章 イタリアのバールに学ぶ、グローバル時代の航海術(p230)ー

読み終えて

既に書きたいことは上で書いたため、本当にタダの感想です(笑)

私は1年間ローマに留学しておきながら、それほどバール文化への親しみがありませんでした。というのも、ローマのホームステイ先は住宅街のマンションで、朝や昼にバールに行く人が少なかったからかもしれません。そのため私が訪れるバールはいつも旅先ばかりで、常連になるようなバールは残念ながらできませんでした。

また、出費をケチって家にあるモカを使っていたのも正直なところです。家族文化を1年間身をもって体験した分、1杯1ユーロのコーヒーをケチらず、もっと積極的にバール文化を体験しておきたかったな、と今になって思いました。

どんな人に読んで欲しい?

  • コーヒーの歴史について知りたい人
  • イタリアのバール文化について知りたい人
  • イタリア人のスローな生活・文化について興味がある人

さいごに

いかがでしたか?イタリアに関する書籍は、本当にたくさんあります。その中で購入したい一冊を決める際に、当サイトの記事がお役に立てれば嬉しく思います。

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