これまでのブックレビューでは、新書系の書籍について紹介してきましたが、この記事では初めて小説を扱うことにいたしました。最近のイタリアのサスペンス小説で最も有名な作品の一つであるサンドローネ・ダツィエーリ氏の『パードレはそこにいる』です!
出会ったキッカケ~購入まで
イタリアというと古典や近現代の作品という印象が強く、実際に日本で有名なのもそうした作品です。ですがその時の私は「何かサスペンスやミステリー作品」が読みたいなと考えていました。
その時に見つけたのがこの『パードレはそこにいる』でした。現代のイタリアの作品が単行本ではなく文庫本として出版されていることだけでも非常に珍しいのに、ましてや私が読みたいと思っていたサスペンス小説だったため、購入に至りました。
自分に合った本を探しやすくなったのは、ネットショッピングの利点かもしれませんね。
本の内容
著者紹介
この本の著者はサンドローネ・ダツィエーリ氏。以下の紹介は、『パードレはそこにいる』の裏表紙にある著者紹介を引用いたしました。
1964年、イタリアのクレモナ生まれ。様々な職を経て、1999年にデビュー長篇を発表。映画化もされたノワール小説の〈ゴリラ〉シリーズで人気となったほか、テレビドラマや映画の脚本家としても活躍している。2014年に発表した初のサスペンスである本書は、精緻なプロットと印象的な登場人物たちでたちまち話題となり、英米をはじめ多くの国での刊行が決定している。
あらすじ
ローマ近郊で、ピクニックに来ていた親子3人のうち、妻と、6歳の子ども・ルーカが行方不明になる失踪事件が起きる。妻はその後、頭部を切断された惨たらしい状態で発見されたものの、ルーカの行方は掴めぬまま。
この事件の捜査を担当していた機動隊長のローヴェレは、現在休職中の女性副機動隊長・コロンバを招集し、休職中の身でありながら捜査を担当させた。コロンバは、過去にパリで起きた大規模なテロ事件に関与したトラウマによるパニック発作などの精神疾患を抱えていたのである。
予想しない形で第一線に復帰したコロンバは、事件の犯人として警察に拘束されているルーカの父との面会の中で、彼が犯人である可能性は低いと気づき、他に別の人物がいるのではないかと考え始めた。
そこでローヴェレはコロンバに、ある犯罪コンサルタントであるダンテ・トッレと共にこの事件の解決にあたるように命じた。ダンテは鋭い観察眼をもつ敏腕コンサルタントとして活躍していたが、その能力は過去の不可思議な経験によって培ったものであった。それは、6歳の頃に何者かに誘拐され、約11年の間、クレモナのサイロ(牢獄)に監禁され続けたというものだった。この時のダンテは奇跡的に逃げ出すことができたが、結局その真犯人は分からないまま、数十年の時間が経過していた。
互いに渋々ながらもタッグを組み捜査を開始した2人は、ルーカの誘拐事件の真相にたどり着く中で、この事件が、ダンテ自身を11年の間監禁し続けた張本人と深く関係していると気づく。それはダンテに対し自分のことを「パードレ」と呼ぶように命じた人物だ。
コロンバとダンテというそれぞれ過去に強烈なトラウマを抱えた2人は、時には互いに支え合いつつ、独自に過去の事件を捜査し直し、かすかな手掛かりを掴む。2人を待っていたのは、気味の悪いパードレの真実と、国家の隠蔽を暴くほどの衝撃的なものだった...。
特徴①:登場人物のキャラ
この作品を素晴らしいものにしているのは、間違いなく登場人物、特に主人公のダンテとコロンバという2人のキャラでしょう。ダンテは、一時はイタリア全土を騒然とさせた誘拐事件の唯一の生存者。
サイロで顔は見えず姿だけしか見ることのできなかったパードレを相手に11年間過ごしたことから、人の目くばせや手の動きなどの細かい動作から相手の心理や行動をピタリと言い当てる分析眼は、読んでいて舌を巻いてしまいます。
また同様の経験から、重度の閉所恐怖症を患っており、常に大量の抗ストレス剤を服用し、普通に車に乗ることもできません。
2人目の主人公であるコロンバも、過去に捜査していた事件において起きた大規模なテロ事件により、目の前で大量の人が一瞬で死ぬ様を目撃し、非常に深いトラウマを抱えていました。
この誘拐事件には、ダンテとコロンバ両方のトラウマが深く関係しているのですが、この強い個性を持つ2人が、どのように支え合っていくのかは是非注目して読んでみてください。
特徴②:ストーリーは複雑
率直に言って、物語は全体的にやや複雑でした。時折物語に全く関係のない話が、数ページに渡って差し込まれたかと思えば、100-200ページ後で「さっきのってこのことだったんだ!」と納得。
過去と現在が行き来することが多かったため、少し関連性としては薄いですが、『21グラム』や『バベル』のような事象を断片的に切り取ってそれを繋ぎ合わせる手法に似たものを少しだけ感じました。
そしてダンテとコロンバ両者の過去のトラウマとこの事件が密接に関わっているからこそ、全ての事実を覚えておく必要があります。非常に多い登場人物の名前も、普段イタリアの名前にゆかりの無い方には、少し読みにくく感じる要素なのかもしれません。
そのため、毎日少しずつ読むというよりは、何日かで一気に読み切ってしまうのがオススメです。
特徴③:リアルな描写に引き込まれる
この本の翻訳をされた清水由貴子氏の功績が大きいと考えていますが、『パードレはそこにいる』の情景描写が本当にリアルでかつグロテスクです。文章を読んでいるだけで、現場がどんな状況なのかを一瞬でしかも鮮明に頭に思い浮かべることができます。
以下の引用は、コロンバが過去に被害に遭ったテロ事件の際の情景です。テロによる一瞬の死が、あまりにもスローな情景として描かれています。
かけら、クローゼットの破片、コンクリートの粉、熱風が入り口近くのテーブルに座っている年配の夫婦に攻めかかる。最初に襲われるのは夫で、文字通り空中に舞いあがる。彼は骨盤からテーブルに落下し、一瞬、十字架にかけられたような体勢になったと思いきや、手足の関節が外れて身体からもぎとられ、瓦礫や破片や粉におおわれる。
衝撃波は続き、妻にも降りかかる。彼女はまだ物思いに沈んでうなだれていたが、胎児のような姿勢に押しやられる。あたかも後転をしているようだが、ひと回りするごとに身体の一部を失い、ぼろぼろになっていく。彼女の身体の断片、そして夫、テーブル、グラス、中身が揮発したシャルドネのボトルのかけらが破片の雲をどんどん拡大する。そして、年配の夫婦の後ろに座っていた新婚夫婦の上に落下する。
ーV 以前(上巻p184)-
むしろ蛇足なのではと思うほどの細かい描写が多く、読んでいて引きつけられてしまします。
特徴④:イタリア人から見たローマ
著者のサンドローネ・ダツィエーリ氏は、ヴァイオリンなどで有名なクレモナ出身ですが、同時にその人生の多くをローマで過ごしています。そのためこの小説でも、物語の大半はローマとクレモナという2つの街を中心にして動いていきます。
彼も実際に、外部から見たローマというものを描くことに注力していたことが訳者の清水さんによって「あとがき」にて語られており、至る所に首都ローマの非常に細かい描写が登場します。
例えば私がホームステイをしていたエウル地区の近くの道路や、ローマで最も治安の悪い区画とされるトッレ・デッラ・アンジェラ地区、大学近くの住宅街であるサン・ロレンツォなど、観光地的ではなく「人々の暮らしが息づくローマ」の一場面に出会うことができます。
こうした描写を見かけたらスマホ片手に検索をしてみて、ダンテやコロンバが活躍した地区はどんな場所なのか、思いを馳せてみるのも楽しいと思います。
読み終えて
回収していない・ちゃんと回収しきれていない伏線が多かったように感じたので最後のページまで来た時に「あれ?このまま終わっちゃうの?」と思う点がいくつかありました。
しかしその後調べると、続編『死の天使ギルティネ』も出版されていました!私も現在必死に読んでいるのですが、こちらでは、ローマで起きた猟奇的なテロ事件を契機として、ダンテとコロンバが再び複雑怪奇な世界に戻っていくお話。
『パードレはそこにいる』で回収しきれていなかった点も、こちらでスッキリするのでは、と楽しみにしております。
ちなみにこの作品、2014年に俳優のラウル・ボヴァが作品の映画著作権を購入したとのことで、数年以内に映画化するのではないかと期待されています。
私的にもダンテのイメージは、ちょうどボヴァのような感じだったので、もし彼がダンテを演じることになればとても楽しみです(ラウル・ボヴァについては「イケメン好き必見!イタリアで最も魅力的でかっこいい男性10人」の記事をご覧ください)!
どんな人に読んで欲しい?
- イタリアのサスペンス小説を読んでみたい人
- 一気読みできる作品を探している人
- サイコ、ホラー、グロテスク系の作品が好きな人
さいごに
いかがでしたか?イタリアのサスペンス小説に興味を持っていただけたら、是非『パードレはそこにいる』を読んでみてくださいね。