イタリア人作家の小説を読んでみたいけれど、何から読んでいいのか分からない。そんなあなたにおすすめなのが短編小説です。ちょっとした空き時間に、心を休めてみたいときに、何の気もなしにページを開いてみてはいかがでしょうか。今回は現代の作家の中からおすすめしたい短編小説をいくつか紹介したいと思います。
イタリア現代短編小説3選
1.アントニオ・タブッキ『とるにたらないちいさないきちがい』(2017)
タブッキの『とるにたらないちいさないきちがい』(原題:Piccoli equivoci senza importanza)は2017年4月に邦訳が出版されたばかりの短編集です。アントニオ・タブッキという作家は1943年にイタリアのピサで生まれ、それからシエナ大学でポルトガル文学についての教鞭をとるかたわら、彼自身も小説を書くという行為に没頭していきました。代表作に『インド夜想曲』(84)や『レクイエム』(91)などがあります。
この『とるにたらないちいさないきちがい』は1985年に書かれていました。11篇の短編からなる小説に貫くイメージはどれも映画的なもので、現在に過去がオーバーラップする手法や様々な映画の名場面を想起させるような描写が巧みに仕組まれています。
表題作の「とるにたらないちいさないきちがい」ではかつての知己たちがひとつの法廷でそれぞれの別の立場で再会する場面の中で、主人公のいまと過去が、旧い映画に重ね合わせられてフラッシュバックする様子がうかがえます。
(…)磔刑像の置かれた長大な判事席に厳めしく居並ぶ男たちのすがたが、過去の映像に溶けてゆく。まるで旧い映画のなかにいて、その過去の映像が自分にとってのいまになったみたいだった。
さらに現在と過去だけでなく、発話と語りをも分けない手法が読者を物語の映画的な、視覚的な霧の中に誘うような感覚を抱かせます。ボードレールの詩のタイトルをそのまま借用した「Any where out of the world」や11篇の締めくくりとなる「映画」もおすすめです。
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2. プリモ・レーヴィ『リリス―アウシュヴィッツで見た幻想』(2015)
プリモ・レーヴィはユダヤ系イタリア人の作家で、第二次世界大戦中にはアウシュヴィッツに抑留されるも奇跡的な生還を果たし、その抑留経験をまとめたことでイタリア現代文学を代表する作家のひとりとなりました。処女作の『アウシュヴィッツは終わらない』(原題:Se questo e’ un uomo)でアウシュヴィッツでの抑留経験を伝記的に著しナチズムによるホロコーストの実態を世に伝えています。
この『リリス』という短編集は「来たるべき過去」「かつてあった未来」「示唆的現在」という三つのグループからなっており、「来たるべき過去」ではアウシュヴィッツで出会った様々な人を、「かつてあった未来」ではSF的短編を、「示唆的現在」では実在の人物や事件を描いています。とくに「来たるべき過去」ではこれまでの伝記的文学の側面から離れ、極限状況下における人々の特異なあるいは高尚な振舞いを通して自分自身を内省する側面を強めています。
表題作の「リリス」はアダムの最初の妻と呼ばれるリリスにまつわるユダヤ人の伝承を通じて、ユダヤ人の絶望と希望が描かれています。また「来たるべき過去」における「ロレンツォの帰還」では強制収容所の中で見返りを求めずレーヴィを助けたロレンツォという人物について具体的に描かれています。『アウシュヴィッツは終わらない』でも登場する人物ですので、先にこの長編を読んでいる人には「ロレンツォの帰還」は大いに楽しめる短編であると思います。もちろん読んでいない人にも、人間の本質とは何かを考えさせるエピソードであることは間違いありません。
一方で実は、ロレンツォは帰還後に人生に希望を見出せずに悲惨な死を遂げ、レーヴィもまた1987年に自死を遂げています。ある極限状況下において人はどう変わり、そして何を変わらずに保ち続けられるのか。そしてそこを抜け出た先はどうなるのか。レーヴィの小説を読めば、ともに存在の深さにもぐっていくことができると思います。
3.イタロ・カルヴィーノ『レ・コスミコミケ』(2004)
『レ・コスミコミケ』はイタリア現代文学で最も重要な作家のひとりであるイタロ・カルヴィーノによって書かれたSF短編小説集です。パルチザンの体験を綴った処女作『くもの巣の小道』や<我々の祖先>三部作と呼ばれる『まっぷたつの子爵』『木のぼり男爵』『不在の騎士』などに続いて、この『レ・コスミコミケ』という短編小説もまたかなり異色ではありながら、見えないものを見ようとし、そして俯瞰的な位置から世界を眺めるというカルヴィーノ独特の手法の中に位置しているように思われます。
この短編集は宇宙創成以来すべての出来事の生き証人であるというQfwfqじいさんを語り手に12編の宇宙奇譚がおさめられています。その収録作品の一部である「宇宙にしるしを」や「終わりのないゲーム」、「光と年月」などは銀河の回転周期や星をつくる水素原子やはたまた光をめぐって描かれる奇怪な物語です。Qfwfqじいさんは、そもそも世界に形というものがまだ存在していなかった時代に存在していたと言い張り、何万光年を生き抜いたのち現代のイタリアの街角で旧友と再会したり、はたまた恐竜や軟体動物であった時代があると言ったりします。
一見理解不能でついていけないと思いますが、カルヴィーノの言葉の魔術によって私たちは形のないものさえも想像し、突飛な事実さえも実際にあったのだという風に考えさせられ物語の中に引きずり込まれます。
日常から抜け出して不思議なイマジネーションの世界に飛び出してみたい人におすすめの小説です。同じ宇宙奇譚を扱った『柔らかい月』というカルヴィーノのSF短編小説もあわせて読んでみるとおもしろいかもしれません。
おわりに
いかがでしたか?今回紹介した本は比較的入手しやすいものばかりですので、興味を持ったらぜひ直接手に取ってみてくださいね。
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