2017年5月、BUONO! ITALIAで「イタリア・サッカー界に蔓延る差別の実態と私が出会った”ほんの”一例」というタイトルの記事を書いたことがありました。
続きを見るイタリア・サッカー界に蔓延る差別の実態と私が出会った”ほんの”一例
ちょうどこの時期、イタリア・ローマに留学していた私は、セリエAやイタリアサッカー界で蔓延る人種差別について少し思うところがあり、こんな記事を書きました。
そして約2年半の時が経ったいま、セリエAでの人種差別はより一層大きな問題として顕在化してきているように見えます。この記事ではここ数ヶ月で起きてきたセリエAに関する人種差別チャントや発言や、その余波について、個人的に気になった2つに絞って、簡単にではありますが、まとめていきます。
19/20シーズンに起きたセリエAの人種差別問題
1.第2節 カリャリ vs インテル
インテルFW・ルカクへのチャント
カリャリのホームスタジアムである、サルデーニャ・アレーナでの試合。この試合で差別の対象となったのは、19/20シーズンからインテルに加入したベルギー代表FWロメル・ルカク。1-1で迎えた後半、インテルはPKを獲得し、そのキッカーはルカク。
するとゴール裏の、一部のカリャリサポーターからは、「モンキーチャント」と呼ばれる、猿の真似のような声を出して選手を煽る行為をし、ルカクを挑発。これに対してルカクは、PKをしっかりと沈めて2-1での勝利に貢献。
このチャントが試合結果に影響を与えなかったことは幸いだったかもしれませんが、今回の件について、カリャリのサポーターへの罰則などは一切なし。カリャリは過去にも様々な人種差別チャントを行ってきたことでも有名ですが、セリエAやイタリアサッカー協会に罰せられたことはなく、こうしたチャントが習慣化しているようです。
セリエAやFIGC(イタリアサッカー協会)はこれまでの事例に関して、「主審がチャントを確認していない」や「差別を行ったのは観客の1%にも満たない人数」などの理由を制裁を科さない根拠としていた。
インテリスタが釈明...彼らは人種主義者ではない?
ルカクについては、そのほかにも色々なところに波紋が広がっています。先日、イタリアのサッカー番組では出演者が「ルカクを止める方法はバナナを食べさせること」と話し、大きな批判を受けて番組を降板させられる、といったことも起きています。
問題を引き起こした人物は、イタリアのテレビ番組「TopCalcio24」でコメンテーターを務めていたルチアーノ・パッシラーニ氏だ。同氏は番組のなかでルカクに対し、「彼と1対1の場面になったら殺されてしまう。彼に立ち向かうためには食べるためのバナナを10個与えないといけないだろう」と発言したという。明らかな人種差別発言であり、大きな問題となっている。
80歳のパッシラーニ氏はすぐに発言に対して謝罪したようだが、同テレビ番組のプロデューサーであるファビオ・ラヴェツァーニ氏は「このような過ちは黙認することはできない。たとえそれがほんの束の間の出来事だったとしても」と語り、同氏が番組に出演することは二度とないと決定した。
その他にも、今回のカリャリでの人種差別的なチャントを受け、なんとルカクの所属チームであるインテルのサポーターたちが、カリャリサポーターを擁護するような声明を出した、ということがありました。インテルの熱狂的なファン(ウルトラス)のFacebookの投稿であったようです(今は削除されてしまっています)。
私たち(インテリスタ)は、あなた(ルカク)がカリャリでの件が人種差別問題だと思っていることについて、申し訳なく思っています。しかしイタリアはイタリアより北のヨーロッパの国々と違って、人種差別は、本当に深刻な問題なんです。
[・・・中略・・・]
相手チームのファンがあなたを憎んでいたり、あなたを人種的に差別しているから、そういったことを言うのでは決してないのです。それよりも、あなたが相手のゴールを脅かすことを何よりも心配している、つまりあなたの実力を認めているからこその、ある種のリスペクトの感情を含んだイタリア人のサッカーファンの態度だということを理解してほしいのです。
本当の人種主義はこの話とは全く関係ないし、そのことを全てのイタリアのサッカーファンをよく知っています。
Inter fans tell Romelu Lukaku monkey chants in Italy are not racist
第4節 アタランタvsフィオレンティーナ
フィオレンティーナDF・ダウベルトへのチャント
アタランタのホームスタジアムでのvsフィオレンティーナ戦。フィオレンティーナに所属するブラジル人DFダウベルト・エンリケに対して、アタランタサポーターから差別的なチャントが歌われる事態が発生しました。
ダウベルトは試合開始時からこのチャントに気づいていたようですが、前半30分にはいい加減我慢できなくなったのか、レフェリーにそのことを伝えて、ピッチから自主退場しようとしました。
この事態を重くみた、主審のダニエレ・オルサート(Daniele Orsato)は、一時的に試合を中断し、場内アナウンスを通じての会場全体への注意をさせました。この影響により試合は約3分ほど中断されています。このレフェリーの判断には多くの称賛の声が届いているようですが、今回は偶然レフェリーが気付くことができたのですが、気付かずに見逃されてしまうケースがほとんどなのではないでしょうか。
また、今回の件について、アタランタ公式も声明を出しています。
「アタランタとフィオレンティーナの試合での一時中断に関して、当クラブは行われる可能性のあるあらゆる差別と関係を断つことを表明します。アタランタと、そのファンやサポーターは、常に連帯感と公平さの価値を表すスポークスパーソンとなります。一部の愚かな行為は、ともに戦う必要があります。また、肌の色もジャージもないと信じています。(差別を)分離しなければなりません」
FIFA会長も言及する事態
こうした一連の人種差別問題については、サッカー界全体が注目している様子。特にダウベルトの件については、FIFA会長のジャンニ・インファンティーノ会長もご立腹なようで、イタリア国営放送の「Rai」のインタビューで言及しています。
「(差別を)糾弾し、言葉で訴えるなど教育により対峙していくべき問題。一般社会においてもサッカーにおいても人種差別は起きてはならない。イタリアでの状況は改善しておらず、これは重大なこと。人物を特定し、スタジアムから追放するべきだ」と苦言を呈している。
ESPN UKは、今回の件についての動画を公開し、具体的な状況について振り返っています(動画は英語のみ)。
波紋を呼ぶセリエAの差別問題
これらの問題については、イタリア国内のみならず、日本でも多く報道されています。セリエAでの人種問題は、もはやイタリアサッカー好きにとっては、日常茶飯事のようになっているのではないか、と思います。
セリエAやイタリア・サッカーに関する記事をメインにスポーツライターをしていらっしゃる、神尾光臣さんは、サッカー情報サイト・フットボリスタ(Footbalista)の「波紋を呼ぶウルトラスの行為。カルチョと人種差別の微妙な関係」という記事の中で、イタリアのサッカー界は難しい課題を突き付けられているとしながらも、問題解決への道のりは簡単ではない、と述べています。
UEFAやFIFAのプロトコールに沿えば、人種差別的コールが発生した時にアナウンスで警告、鳴り止まない場合はプレーの中断が言い渡され、それでも止まない場合は選手をピッチから引き上げさせた上で治安当局が試合の続行か中止かを決める、という手順になっている。しかし、問題なのはそれが遵守されているかどうかだ。
[・・・中略・・・]
だがそのために、社会から理解を得るのは実のところそれほど容易ではない。現在のイタリアの政府は、試合中断やサポーターの移動禁止などファンすべてを巻き込む形の処罰の実行に難色を示しているのだ。国の治安を統括するサルビーニ副首相兼内務相は今回のことについても「一部がやったに過ぎない行動のために試合を止めるというのは奇妙だ」とコメントした。
ただ、きちんと動かなければ、人種差別的行動に厳しい処分を求めるUEFAなどとは軋轢が生じる恐れも高まってくる。イタリアサッカー連盟(FIGC)やレガ・セリエAは難しい舵取りを迫られている。
コンテも状況の悪化を嘆く
こうした問題について、最近になって発言をしたのが現・インテル監督のアントニオ・コンテ(Antonio Conte)。コンテといえば、長年イタリア代表として活躍した後、監督としてはユヴェントスで一時代を形成。その後もイングランド・プレミアリーグの強豪・チェルシーで指揮を執るなど、まさにイタリアを代表する監督の1人。
そんなコンテが、19/20シーズンの第5節・ミランvsインテルの通称「ミラノダービー」を前にした記者会見で、昨今のイタリアにおける人種差別問題について発言しました。
「人種差別はイタリアの問題だ。だが、3年ぶりに戻ってきたけど、今はあらゆる種類の侮辱の方法があり、イタリアは退行したと思う。人々は憎悪を憎むだけに書く。最近、イタリアは昔よりはるかに悪化しており、我々全員が責任を負っている。我々は暴力に従事し、憎しみを抱く次世代を教育するためにどうすればいいかを話しているんだ」
またコンテ監督は、先日の試合でベルギー代表FWロメロ・ルカクに対してカリアリサポーターが行った人種差別が懲罰を与えられなかったことについて「イングランドでは、2、3人のファンが何かを試みた場合、刑務所に入れられる」と語り、イングランドとの違いを説明。今後リーグ全体で良くしていく必要があると語っている。
セリエAの現在地に対する個人的な見解
もちろん、ほんの一部のサポーター
当然、こうした人種差別は、スタジアムに駆けつけたサポーターのうち、ほんの一部の発言に違いなく、これを必ずしも全てのサポーターと結びつけて断罪するべきではないでしょう。
またそれとは別に、これまでも行われてきた人種差別的発言も、選手まで直接は届かなかったり、試合の進行に影響を与えたりするほどの影響はなかった、という見方もできます。しかしそれでも、選手まで直接届くような事態に、もしくはわざわざ試合を中断してまで注意を呼びかけるような事態になっている
だれが差別をするのか
2年半前の記事で私は、こんなことを書いていました。
それが相手に伝わろうがそうでなかろうが知ったことではありません。とにかく差別的なことを言いたいのです。
普段は普通の選手として見ている相手が、何かミスを犯したとき「待ってました」と言わんばかりに「黒人!」「日本人!」「アラブ人!」と水を得た魚かのように差別発言を繰り返します。そしてその顔は非常に気味の悪いものです。
怒りもそうですが、薄ら笑いを浮かべていたりするとなお気持ち悪いです。
こうした感情は、自分がスタジアムを訪れたとき、イタリアで生活していたときに感じていたことでした。
普段は差別から遠いところにいるような人も、感情が昂ったときに、こうした発言が飛び出すことはよくありました。
「差別をしてはいけません」の無意味さ
人種差別をする人に「人種差別をしてはいけません」などと言っても意味はないことなど誰もが知っているのではないでしょうか。
論理的に考えれば、もしくは論理的でなくとも、生まれ持った能力や性格と肌の色や人種は、分けて考えなければならないことくらい、すぐに分かるはずです。
つまり、分かっていても論理的に考えられない、しちゃいけないけど気味が悪い、そういう感情が働いているように思えるのです。そして、そう心から思ってしまっている人の心を変えるのは、どれだけ難しいのでしょうか。
なぜこうした時代においてなお、彼らが人種や肌の色といった外見によって差別的な発言を好んでしたがるのか、したいと思うのか、あるいはせざるを得ないのか、そこを考えてみることは必要だと、私は思います。
ただ同時に、それを考えてみることは、差別的な発言をした人を許すということではなく、常にそうした人に対しての毅然とした態度は崩してはいけないのです。
さいごに
今回取り上げた事件以外にもセリエAでは様々な人種差別問題が起きています。今シーズンに入ってからだと、ローマDFのファン・ジェズスがSNSで差別的なコメントを多く受けたことなどは、まさしく現代らしい問題とも結びついているといえます。
イタリア人の心を多く揺さぶるカルチョ。これだけ問題が多いのも、根強い人気があることの裏返しなのかもしれませんが、それだけで終わらせてはいけない問題は山積です。
関連記事
続きを見る 続きを見る 続きを見るイタリア・サッカー界に蔓延る差別の実態と私が出会った”ほんの”一例
何が悪いの?アジア人へのつり目ジェスチャーをイタリアから解き明かす
【2021.02更新】イタリア・サッカー界の未来を担う若手選手ベスト11