はじめに
日に日に涼しく、秋らしくなってきましたね。
芸術の秋、読書の秋、食欲の秋などといますが、わたしはどれも年中楽しみます!とりわけ芸術、絵画鑑賞には貪欲で、かつては「あの画家のあの絵が見たい」という目的で世界中を飛び回っていました。
そんなわたしの旅したい気持ちを駆り立てていた画家の一人がグスタフ・クリムトです。みなさんはお好きですか。クリムトの絵の前に立つとわたしは時間を忘れてしまいます。
北はベネチア、南はローマと、イタリアの有名都市にも彼の傑作を常設している美術館がありますが、ピアチェンツァというエミリア・ロマーニャ州の地方都市には世界を何度も驚かせたクリムトの名画があるのをご存じですか。
なんとその絵、四半世紀近く盗まれて行方不明だったんです。それが2021年にやっと所蔵元の美術館に再びお目見えとなりました。
これを見ずして日本には帰れない!ということで、家族で日本にしばらく里帰りする前に見に行ってきました。今日はその “戻ってきた名画” についてのお話しです。
1.盗まれた名画とは?
グスタフ・クリムトの1916年~17年の作とされる、「婦人の肖像」です。
今から24年前の1997年、この絵が所蔵されていたピアチェンツァにある小さな近代美術館、リッチ・オッディから盗まれてしまいました。
現在は6千万ユーロ(1ユーロ130円の計算だと約78億円)の価値があるとされていますが、当時も相当の価格だったことは確かです。
事件当日、美術館は改修工事のため閉館中でセキュリティーも不十分でした。その隙を狙った犯行だったようです。
2.隠されたもう一つの肖像
ちなみに絵の下にはもう一つのクリムトの作品が潜んでいました。それがこちらの、1912年から所在不明とされていた「若い婦人の肖像」という絵。
写真は Ritratto di signora di Gustav Klimt - Ricci Oddi から転用
左側はレントゲン撮影でその“もう一人の婦人”が浮かび上がっている様子です。 顔はそっくりだけど、装いが違いますね。
窃盗事件の前年に「婦人の肖像」がこの帽子の婦人のキャンバスに上塗りされたものであると美術学生が発見し、話題を呼んでいたそうです。これに犯人が目を付けたのでしょうか。
3.どうして戻ってきた?
こんなに価値ある絵画がなくなってしまって、どれだけの人が悲しんだことでしょう。世界中の美術愛好家、クリムトファンはもちろん、地元の人々が多大なショックを受けたにちがいありません。
それからどこをどう捜索しても見つからなかったこの絵。贋作発見のニュースも何度かあったとか。そして突然、22年ものときを経て出てきたのは盗まれたはずの美術館の敷地内でした。2019年12月のことです。
見つけたのは美術館の庭師。外壁のツタを取り除く作業中、隠し扉の向こうでビニール袋に入れられた絵を見つけたそうです。幸いにも大した劣化も傷もありませんでした。
その数か月後に専門家が本物であると鑑定し、当局は晴れて名画の帰還を発表。「婦人」に纏わるびっくり仰天のニュースが再び世界を駆け巡りました。わたしもその日から「これはいつか見たい」と思っていました。
ところが、本物発見の報道から間もなくしてイタリアはロックダウン。2020年11月28日には美術館の展示室に戻されたものの、この絵がようやく一般公開されたのは今年2021年になってからです。
4.一見の価値あり?
さて、待ちに待った「婦人の肖像」との対面。
その絵は、美術館入ってすぐの展示室に単独で飾られていました。縦横60×55センチと小ぶりのキャンバスながら、ただならぬ存在感を放っていたのはその歴史のせいでしょうか。
落ち着いた緑色の背景のためか少し煌びやかさには欠けるけど、クリムトらしい艶がありました。
美術館内は週末なのに閑散としていて、正直なところこれ以外にぱっと目を引く作品もなかったのですが、ほぼ貸し切りの空間で心行くまでお目当ての絵を眺めていられたのは良かったです。
ピアチェンツァはミラノから電車で一時間の小さな町ですが、この一枚を見るためだけにでも足を運ぶ価値はあると思います。
編集部のPICK UP記事!
この記事を読んだ方ならきっと興味を持っていただけそうな、イタリアの美術、そして生活に関連する記事を、編集部がAIではなく手作業で厳選してPICK UP!
日本にも来ていた!バロック時代の巨匠・カラヴァッジョの絵画を解説
続きを見る
ボローニャのど真ん中、みんなに愛される街の図書館
続きを見る
カーネーションは贈らない?イタリアの母の日
続きを見る
おわりに
それにしてもこの「婦人」、どうしてまたこんなに長い年月を経て戻ってきたんでしょうね。
わたしは最初「もしかして逃げる前に警察が来て、犯人が急いで隠したのを後日取りに来そびれたのかな」なんて思ったのですが、よくよく考えたら後で返しに来た説が有力そうです。
売却しようにも窃盗品ということが知れているし、もう充分楽しんだからか、犯人にも良心があったからか、こっそり戻しに来たのでしょう。
「20年も経つと時効で服役しなくてもいいから」という説も聞きましたが、実際のところいつごろから隠し扉の中にあったのかは謎に包まれたままです。
さて、あなたは、どう思いますか。
参照
●所蔵元の美術館公式『Home - Ricci Oddi』
YASUEの連載記事も注目!
YASUEさんに連載いただいた「イタリア語ができなくても?イタリアの大学に正規留学」は、当サイトの留学記事の中でもとても人気があります。
イタリア語をこれから勉強したいけれど、一歩が踏み出せない...という方にこそ、是非読んでいただきたい記事です!