インタビュー! ローマ近郊の小さな町の大きなアートプロジェクト

文化活動団体の発起人アンドレア・ミンジャッキさんに聞く

ローマから列車で1時間ほどの所にある小さな港町アンツィオ。ローマ皇帝ネロの出生地として、また、第二次世界大戦時の連合国軍のイタリア上陸の舞台(シングル作戦)としても有名な町。

現在も漁港として栄え、夏のバカンスシーズンには、ローマや近郊都市、そして、イタリア国外からも多くの海水浴客が訪れ、とても賑わう海の町。

そんな漁師町であり、夏の避暑地であり、歴史的に重要な場所であるアンツィオで文化活動を行う団体00042。その団体の発起人であるアンドレア・ミンジャッキ(Andrea Mingiacchi)さんに団体の活動内容や目的などについてお話しを聞きました。

文化活動団体00042の発起人アンドレア・ミンジャッキさん

アンツィオ市の海岸通りでパブリックアートを展開

―― 今、アンドレアさんたちのグループは、アンツィオの海岸沿いの通りでパブリックアートを展開していますが、どのようにこのプロジェクトは誕生しましたか。

 私たちの団体は、アンツィオでインターナショナルな現代アートのビエンナーレである「シングル22j(ShingLe22j)」を開催しています。この2年に1度開かれる現代アートの展覧会を行いながら、何か野外でアート活動ができないかとずっと考えていました。

 他の都市でも街の道や通りでストリートアートやパブリックアートを展開していることを知っていましたが、アンツィオの歴史、特徴に基づいたアートで、アンツィオの海、漁業、伝統、遥か昔のローマ帝国など、ここアンツィオを表現するものにしたかった。

 そして、彫刻家のルーカ・マロヴィーノ(Luca Marovino)氏と知り合ったことで、ついにこのプロジェクトを実現することができました。

 「Antium Urbs Artis」(ラテン語で゛アンツィオ アートの町゛の意味)と名付け、昨年2019年からアンツィオの海岸通り(Piazzale Marinai d’Italia通り)の岩壁に彫刻作品を制作しています。

「Antium Urbs Artis」と彫られた海岸通りの岩壁

Piazzale Marinai d’Italia通り / Googleマップ

 ビエンナーレの「シングル22j」が開かれない年にこのパブリックアートを展開していく予定で「シングル22jオーバータイム(ShingLe22j OVERTIME)」という位置づけにしました。

「シングル22jオーバータイム」 / 公式サイト

―― 今年2020年には、この野外プロジェクトに何名のアーティストが参加して、どんな作品を制作しましたか。

 マロヴィーノ氏とフロジノーネにあるアート・アカデミーのアレッサンドロ・カヌ(Alessandro CANU)氏、そこの学生と元学生など、合計6名の方が参加してくれました。

2020年「シングル22jオーバータイム」の作業風景

 海岸沿いの岩壁に彫刻作品が連なるアンツィオ港の果てまで続く遊歩道にしたいと思っていて、今年はアンツィオ市の紋章、錨、ベンチ、階段、ローマ帝国時代の哲学者であり皇帝ネロの家庭教師も務めたセネカの言葉、詩人ダンヌンツィオのアンツィオに関する記述を岩壁に彫りました。

アンツィオ市の紋章

岩壁に彫られたアンツィオを讃えた言葉

 ただ、今年は、天気に恵まれず、新型コロナウイルスの影響もあり、思っていた通りには制作が進みませんでした。

悪天候の様子

 昨年はビエンナーレもありましたが、例外的にこの野外プロジェクトのほうも開始して、7名のアーティスト、そのうち3名は中国人の方々に参加してもらいました。昨年は、アンツィオにゆかりがあるローマ帝国の皇帝ネロや皇帝カリグラなどの彫刻作品を制作しました。

ローマ帝国の皇帝ネロと皇帝カリグラ

―― アンツィオ市とこの野外プロジェクトの関りを教えてください。

 アンツィオ市はこの計画を資金的にも支援してくれていて、この海岸沿いの通りをアンツィオの中心にある市民や若者や観光客が集まる遊歩道とするべく協力してくれています。特に若者が夜、集まる場所にもなればと思っています。

グローバルでローカルな町づくり

―― アンドレアさんたちの文化活動団体00042についても知りたいのですが、いつ設立されましたか。また、どのような目的で立ち上げましたか。

 私たちの団体00042は、2009年に設立されました。アンツィオで文化イベントを開くため、またアンツィオの文化活動を全方向に広めるために立ち上げました。

 現在、ビエンナーレの「シングル22j」と野外アートプロジェクト「シングル22jオーバータイム」、オンラインの地元情報誌「ANZIO-SPACE(アンツィオ-スペース)」、アンツィオに関する書籍出版などを行っています。

―― 現在、何名の方が文化活動団体00042で活動されていますか。皆さん、ボランティアで活動されているのでしょうか。

 私たちの団体の登録者は、20名ほどで、イベントなどを開催する時に主に活動してくれているスタッフは十数名ほどになります。

 主として働くスタッフたちは、ずっと長く一緒に活動してくれていて、結束も強いですし、文学や芸術に関する学科で大学を卒業している者もいて、入念な準備と専門性を持って事に当たってくれています。

―― 何か新しいプロジェクトを始める時に突き当たる問題はありますか。

 いつもイベントを行う場所探しには苦労しています。アンツィオにはイベントなどを行うための専用の場所がありません。ですので、ビエンナーレを開く時の最大の問題は、どこに作品を展示するかです。

 アンツィオの地元の博物館やホールにスペースを提供してもらえるかいつも聞いて回っています。「シングル22jオーバータイム」のほうは、場所が決まっているのでその分では楽ですね。

 また、以前よりは市など行政機関からイベントの許可を得ることは容易になってきました。スポンサーから提供された資金やビエンナーレに参加するアーティストの参加登録料などをイベントの費用に充てています。

―― SNSはどのように利用されていますか。

 Facebook、Instagram、Twitterなどを利用しています。また、私たちの団体のサイトもあり、特に2007年から始まったビエンナーレのサイトでは、各ビエンナーレ毎の展示作品やイベントの様子なども載せています。

2019年度「シングル22j(ShingLe22j)」ビエンナーレ / 公式サイト

―― 2009年から活動されていますが、以前と比べてアンツィオの町は何か変わりましたか。

 とても変わったと思います。特に私たちが2007年から行っているビエンナーレ「シングル22j」は、インターナショナルな現代アートの展覧会で、来年2021年には第8回目を迎えることになります。

 若くエネルギーがある現代アートが、アンツィオにインターナショナルなアートの町という印象を与えることに貢献しています。実際、私たちのビエンナーレは、イタリア国外からも多くのアーティストが参加するインターナショナルなものですから。

 また、現代アートが、もともとアンツィオにあるアートや文化にも影響を与えていると思っています。徐々に私たちの活動の意義に町やアンツィオ市の行政機関も気づき出していると思います。

 さらに、毎年、アンツィオの文化活動に貢献した人を1名選んで表彰するイベントも開いており、゛アートの町アンツィオ゛という側面を打ち出しています。

―― イベントの国際化や文化活動への若者の参加に関してはどのように考えていますか。

 ゛インターナショナル゛ということを常に念頭に置いていて、現に、私たちのビエンナーレには、イタリア国外、スペイン、ドイツ、チュニジア、日本、中国、ベトナム、ペルー、マレーシアなどからアーティストが参加しています。

 インターナショナルと謳っていながら実際は海外からの参加者がいないというようなビエンナーレではありません。これからもイタリア国外の人々にも参加してもらえるようなイベントを作っていきたいと思っています。

 若者の参加に関しては難しいですね。でも、私たちの団体のスタッフたちも各自仕事や家庭があり、ずっと今の状態で団体の文化活動を続けていくことはできないので、若者の取り込みが必要です。

 また、若い人たちに受け継いでいかないと、私たちがせっかく植えた種も大きく咲いてくれないですから、若者の参加が今後の課題ですね。

今後のプロジェクト

―― 様々な文化活動をされていますが、新しいプロジェクトのアイデアはどのように生まれますか。

 まずは、パッション、情熱からです。アート、文化、地元への情熱です。そして、目的に向かって他の人たちを巻き込んでいくエネルギー。

 その上で個々のプロジェクトに関しては、スタッフ同士で話し合います。でも、話し合うだけでは意味がなく、それを実際に実現させるために資金調達、場所探し、機材調達、アーティストのためのホテル探し、レストラン探し、市の許可の取りつけなどなどを進めていく必要があります。

 オーケストラのように全てをあるべき所に適切に配置、調整することが大切です。

―― 最後に今後の活動に関して教えてください。

 今年の冬には、アンツィオの漁業に関する書物の出版イベントを開く予定です。また、2020年12月には、来年2021年9月に開催予定の第8回目となる「シングル22j」ビエンナーレに関する参加資格や条件などを発表するつもりです。

さいごに

10年以上にわたってローマ近郊の町アンツィオで文化活動を行っているアンドレア・ミンジャッキさん。今回のインタビューでは、どんな質問に対しても気さくに答えていただきました。

アンツィオという小さな港町が、グローバルであり、かつ、ローカルでアートな場所としてイタリア国内外から認識されるようになるのか。

かつては、フェリーニが映画の撮影を行い、グレース・ケリーが夏の避暑地として訪れていたというアンツィオ。そんな輝かしいアンツィオをまた取り戻すことができるのか。

アンツィオという場所にこだわった彫刻作品が連なる海岸通りの遊歩道が港の果てまで完成するころには、今とは違ったアンツィオが立ち上がっているかもしれません。

アンドレアさんは、これからもどんな困難をも乗り越えて仲間たちとともにアンツィオをもっと魅力的な町にするべく邁進されていくことでしょう。

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  • この記事を書いた人

Kanba

イタリアの海沿いの小さな町に住んでいます。イタリアの大学を卒業後、日本の企業のために働いています。天気が良い週末は砂浜で筋トレしたり、庭でオーガニック野菜を作ったりしています。主に穀物・野菜・果物・ナッツ類を食べて暮らしています。

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