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ピエル・パオロ・パゾリーニの初監督作品『Accattone(アッカトーネ)』(1961年)。この作品は日本であまり知られていないかもしれません。それはそれは、なんともセンセーショナルなデビュー作品で、そして実はこの作品は才能のるつぼ。
この作品ができる時代に生きたかった。同じ時代に生きて、例えば撮影の様子を一緒に見届けたかった。イタリア映画界の才能が影響しあって、ぶつかりあって、研ぎ澄まされていく様を私はこの目で見たかった。この映画を見るといつもそんなことを、ため息混じりに妄想します。
そもそもなのですが、これは元々フェリーニ監督作品となるはずだったのです。
『アッカトーネ』制作秘話
発案者はフェリーニ
前回の記事にも書きましたが、パゾリーニはもともと詩人で文学者でした。すでに文学者として名は通っていました。しかし1954年にマリオ・ソルダーティー監督の映画『河の女』で脚本を書くことになり映画界に入ります。そして縁あってフェリーニの『カビリアの夜』の脚本手伝うことになります。パゾリーニは当時ローマの場末によく通っており、下品なローマ方言の俗語に長けていたので、フェリーニが手伝うように彼に声をかけたのです。
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『カビリアの夜』が娼婦の話であれば、次はその”ヒモ”の話にしよう!フェリーニはそう思い立ちます。『カビリアの夜』では主に台詞の監修を任されたパゾリーニでしたが、今回は脚本全体を任されました。さて、いざ脚本完成後、フェリーニは自分の映画のタッチではないことに気づきます。
「これは俺の映画ではない」
と監督を潔くパゾリーニに譲ったフェリーニは、プロデューサーの座に着くことにしました。しかし、彼はパゾリーニがいきなり監督を成し遂げることは現実的に難しいだろうと判断し自己保身のため、制作開始土壇場でプロデューサーも降りてしまったのでした。
助監督はベルトルッチ
パゾリーニもおそらくこの展開に困っていたのでしょう。確かに彼は映像撮影の経験はなかったのです。そのため奥の手としてシネフィル青年であったベルトルッチに助けを求めました。実はベルトルッチ の父親も詩人で、パゾリーニとたいへん仲が良かったそうで、ベルトルッチ も幼き頃からパゾリーニに映画館に連れて行ってもらったりと可愛がってもらっていたようでした。
映画素人のパゾリーニだけではこの作品はこのような映画芸術性を伴って完成し得なかったでしょう。ちなみにベルトルッチの監督デビュー作品『殺し』の原案を提供したのはパゾリーニです。
なんともイタリア映画界は狭いというかなんというか。ロッセリーニ→フェリーニ→パゾリーニ→ベルトルッチと、この類まれな才能のバトンタッチはいわばイタリア映画の家系図のようで、とにかくこの頃のイタリア映画の全盛期ぶりを思わせますね。
『アッカトーネ(Accattone)』(1961年)
あらすじ
ヴィットーリオ(Accattoneという渾名)は刑務所に入った友人の妻をそのまま囲って娼婦として働かせて、自分はヒモとして遊んで暮らしていた。しかしその女が逮捕されたことをきっかけに改心しよう、生活を変えてみようと思い立つ。
そして運命的に、ある純粋無垢な女性に出会い恋をする。そして一度は彼女をまた娼婦に仕立て上げ、ヒモ的生活を再開しようとしていたが、嫌がって泣く彼女を見ておられず、やはり自分が働いて一緒にまともな生活をしようと決意するのだが・・・。
解説
ネオレアリズモの系譜を継ぐ映画
この頃ネオレアリズモはもはや衰退した時期と言えると思いますが、それでも明らかに影響を受けているであろうという映画も多いです。ネオレアリズモの新世代と言えると思います。この作品もまさにそのような映画の1つであると私は考えます。
特徴としても貧困層の生活に焦点を当てて、俳優ではなく素人ばかりで撮っているところなど、パゾリーニは意識していたのではないでしょうか。もしかしたらロッセリーニの大ファンだと公言するベルトルッチの意向も少なからずあったのかもしれません。
主役のFranco Citti(フランコ・チッティ)はパゾリーニが街で拾ってきたまさにACCATTONEだったといいます。”ACCATTONE"とはいわゆる”乞食”の意味ですが、この映画の主人公は先ほども少し触れたように、乞食というよりかはいわゆる”ヒモ”です。”ヒモ”は正確にはイタリア語でPapponeとかMantenutoといいます。日本語字幕としては訳されていないけれども、映画中にも暴言として吐かれた単語です。
一般的にいって、人間としてどうしようもない輩と言っていいでしょう。とてもかたぎの世界とは言えません。衝撃的メカニズムの共同体で、どうしてこのような社会が成り立つのか感覚的にも理解に苦しむ方が多いと思います。そんな彼を中心にローマのスラム街、社会の底辺を紐解く作品です。
娼婦に焦点をあてずに、ヒモの男を中心に物語を展開していくことが、いかにこの話の肝であったでしょうか。そうすることで、物語として完結されない人生、人間の価値の無さが強烈に浮かび上がってきます。ここは『カビリアの夜』とも違いまた、フェリーニの思想とも違うところです。パゾリーニスタイルがここですでに確立されているようです。
チッティはその後もパゾリーニに気に入られ、俳優となりました。しかしこういう役以外の役をやらせたら演技が上手いのかというと、ちょっとそこはわかりません。彼はとにかくACCATTONEがぴったりなのです。
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バッハの「マタイ受難曲」とダンテの神曲
物語は突然幕を閉じます。ここもパゾリーニらしいです。一見、悪行を繰り返していると、ロクでもない目に遭うぞと言わんばかりの教訓めいた映画にも見えます。もしくは貧困層の卑しさを強調し、貧困は人を精神的にも貧しくし、それが犯罪へと繋がっていくんだとも言っている、それも1つとしてあると思います。
しかしこの映画の不可解で特徴的なところは、映画のところどころにいかにも崇高なバッハの宗教音楽「マタイ受難曲」を使用している点、そしてダンテの新曲の一説が度々出てくるところです。この「マタイ受難曲」はその後のパゾリーニが3年後に撮った「奇跡の丘」というキリストの生涯を追った作品にもしつこいぐらいに挿入されている曲です。この作品でもこの曲のリフレインがすごい。この映画には似つかわしくないような、神の存在がこの作品には隠れています。こういう表現方法は当時大変センセーショナルでした。
...l'angel di Dio mi prese, e quel d'inferno gridava: "O tu del Ciel, perché mi privi? Tu te ne porti di costui l'esterno per una lacrimetta che'l mi toglie...
Dante, Purgatorio, Canto V(ダンテ「神曲」煉獄篇 第5歌より)
上記に引用した冒頭に出てくるダンテの神曲の一節は、地獄にいる悪魔が「神様どうして、この悪者を天国に連れてってしまうのか」と尋ねる趣旨のものです。どんな悪行を行なってきた卑しい人間でも、少しでも良心の呵責を感じれば、死後魂は救われ天国へ行けるという、キリスト教と馴染みの深い一節です。
また娼婦がダンテの一節を暗唱して卑猥に扱っているのは、バチカンへの皮肉のようにも見えます。そのような表現は『カビリアの夜』とも共通するところがあるかもしれません。
俗の世界での神との共存というテーマが、『カビリアの夜』よりももっともっと、まるで聖域を侵すかのように、切り裂くように描かれているようで、しかしフェリーニとは反対に、むしろ強い信仰心が感じられる不思議な作品です。彼は敢えてフェリーニ作品を意識したのでしょうか。
夢の挿入
是非じっくりと見て欲しい、主人公が夢にうなされるシーンがあります。こういった物語の途中での夢の挿入、夢の中でのメタファーという表現も当時のイタリア映画では珍しい手法だったと思います。この場面はいかにも小説的で、パゾリーニ作品ならではの見どころです。
夢の中ではACCATTONEが死に、Vittorioが別の人間として生きています。このシーンは今後のパゾリーニの映画スタイルがすでに確立していることを思わせる素晴らしいシーンで、脳裏に焼きつきます。そう、ACCATTONEという悪魔はもうここですでに死んでいるようなのです。これで彼は救われたのです。
カソリックの国イタリアでは、実際この映画のおかげで、諦めの境地にいたような貧困層、犯罪者たちが救われた気持ちになったことは言うまでもありません。パゾリーニはそういう層の人々から人気を集めました。しかしその後彼の思想は変わって行ったのか、こういう結末の映画は撮らなくなっていきました。
ところで、パゾリーニの突然の死は謎めいていて、誰も確かな目撃者はいませんが、男娼によってローマの郊外にて暴力をされ、そのまま死んでしまったという説が有力です。その殺害シーンはこのACCATTONEの囲っていた女のレイプシーンをなぞらえているのではないかという説もあります。
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さいごに
見ていて胸が締め付けられるような映画かもしれません。ただ私はこんな作品を撮れたその才能たちに感謝で涙します。この作品はどのような境遇の人にも心にしこりが残るような感覚をもたらす、現代の今でもなおセンセーショナルな作品です。その芸術性に見惚れてみてください。
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