はじめに
山あり谷ありだった二年間のイタリア正規留学。すべての講義が英語で行われる大学院を一歩外に出ると、学業の大変さとはまた違う課題が待ち構えていました。イタリア語の一人称活用もしっかりできないまま現地に渡った命知らずのわたしは、間もなく自分の愚かさを痛感することに。
一通り頭に入れていた日常会話もとっさに口をついて出てきてはくれません。店先で、役所で、街角で、現地の人々との会話にはスマートフォンの自動翻訳アプリが手放せませんでした。
大学院へ通う合間に語学の勉強もしようと企んでいましたが、結局は日々の課題に精一杯でそんな時間は取れず。それでも留学二年目に差し掛かるころには、アプリに頼らずともいろんな場面で意思疎通ができるようになっていました。
なぜそうなったかは、意外にも留学先ボローニャの住宅事情が関係しています。気になる方、ぜひ最後まで読み進めてください。
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イタリア語ができなくても?イタリアの大学に正規留学 【連載第三回】 学生生活編②
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ボローニャってどんなところ?
はじめに、わたしが卒業後の現在も居住しているボローニャについて少しお話ししましょう。住めば都とは言ったものですが、ここはわたしにとって暮らしてみてはじめていろんな良さをじわじわと実感した街です。
たとえば、ユネスコのCity of Musicに認定されているほど音楽に縁があります。在学中に住んでいた旧市街のアパートのそばにはモーツァルトやロッシーニが学んだ音楽院が、その斜め向かいには歌劇場があり、学生割引を利用して頻繁にオペラやバレエの公演に出かけていました。
旧市街にはラファエロ作の絵を所蔵する国立絵画館や、ミケランジェロよる彫刻が残る教会もあります。どちらもバチカン美術館のように大混雑することもなく、心行くまでこうした傑作との一対一の時間を楽しむことができます。
美食の街としても知られ、この地方特産のお肉やチーズはとびきりおいしいです。
二つの斜塔を中心に街道が広がる旧市街はどこを切り取っても美しく、そこから丘の上の教会まで続く世界最長の柱廊(ポルティコ)伝いにどこまでも歩くことができ、雨の日や日差しの強い日は大助かりです。
世界中から観光客が押し寄せるヴェネチア、ミラノ、フィレンツェ、ローマ等と比べると一見華やかさに欠けますが、さほど人混みに揉まれることもなく日々の生活を十二分に楽しめる利便性と魅力があります。
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理想の居住地
こうした住みやすさが評価され、ボローニャは2020年度のイタリア経済誌Sole 240 Oreによるランキングで全国一良質な生活ができる都市に選ばれました。これは、経済、環境、安全性、文化等、いくつかの指標に基づいたものです。
たとえば立地条件。多方面への高速列車が停車する中央駅からは、北はミラノ、ヴェネチア、ヴェローナ、南はフィレンツェとその先にあるローマやナポリへ乗り換えなしで行くことができます。さらに欧州主要都市との往復便も頻繁にある国際空港は、市街地から車でわずか20分ほど。
交通の便が産業の発展にも貢献し仕事の機会も比較的多いため、地方から就職のために越してきた人も多いです。加えて世界中から集結する学生が毎年ひっきりなしに入れ替わります。その数、ボローニャ大学の学生だけでもおよそ10万人とされ、市の人口の四分の一を占めるほど。
こうした他所から人が集まる土地柄もあってか、ボローニャの人々はフレンドリーです。わたし自身移住して二年半となりますが、外国人として疎外感を覚えたことはほぼありません。
家探しはオーディション?
理想の居住地であるがゆえ、不動産は常に売り手市場。快適かつなるべく廉価な賃貸物件を探すのは至難の業です。特に激戦区となる大学から徒歩圏内の旧市街で二度家探しをした経験から、その実態をまとめるとこうなります。
- 日本のように不動産会社を介すのではなく、口コミやインターネットを通して空き部屋を見つけ家主等と直接交渉することが一般的。
- 賃料に光熱費込みかどうかは物件によりけり。過剰請求の話も聞くので、留学生や外国人には光熱費込みの物件が無難。
- ワンルームの家賃は高いので(市内中心部の相場は800~1300ユーロ)、多くの学生や独身の社会人は複数のフラットメイトとシェアリングしたり家主の住まいに間借りしたりする。
- その場合、自分専用の空間は寝室のみで、キッチンやバスルーム等は基本的に共有となる。家賃相場は市内中心部で400~600ユーロ。(ちなみに留学前は同等の家賃で京都市中心部にワンルームを借りていたわたしは落胆しつつも、この価格帯で家探しをしました。)
- こうした共同生活タイプの物件には、空きが出ると早速大勢の入居希望者が押し寄せる。連絡しても必ず下見できるわけではなく、叶ったところで下見=家主または入居済みメンバーとの面接。波長が合うか、入居希望期間、職業、年齢、趣味、身だしなみに至るまで(?)、いろんな点が評価されるのでさながらオーディションである。
いかがでしょう。大げさに聞こえるかもしれませんが、ワンルームを借りる財力がない限りは共同生活タイプの物件争奪戦を勝ち抜かなければなりません。これには一定の語学力も必要ですが、コネがあると有利です。
なぜなら掘り出し物件ほど公に告知されないこともありますし、知人等の紹介であれば優先的に候補にしてもらえる可能性もあるからです。不公平かもしれませんが、入居者を決める側にもどんな人が入ってくるかわからないリスクがあると考えれば致し方ありません。
借りる側にとっても同居予定者との相性は入居後の生活の質を大きく左右するので、間取りや立地以上に吟味したいところ。とはいえ、互いの性格や生活リズムというのはしばらく一緒に暮らしてみないとなかなかわからないものです。
実際、同居者とのトラブル等により在学中に住まいを変える学生は少なくありません。残念ながらわたしも一軒目の家は同居人でもあった大家さんとウマが合わず、入居後わずか数か月で引っ越しを決断しました。
でも、上記の事情に加え学期途中だったこともあり家探しは難航。クラスメイトの伝手でやっと新居が決まったのはさらに数か月後のことでした。幸運にも、一軒目より良心的な家賃で自分専用のバスルームと玄関までついた広々とした屋根裏部屋に巡り合いました。
引っ越しで生活が好転、イタリア語も上達
この屋根裏部屋も間借りでしたが、新しい大家さんとはとても良好な関係を築くことができ、それまでは精神的ストレスで押しつぶされそうだった生活が格段に良くなりました。
家庭料理を教わったり、いろんなイベントに誘ってもらったり。居間のピアノは自由に弾かせてくれ、いつも家族のように気遣ってくれました。
知らず知らずのうちにイタリア語が飛躍的に上達したのも、人懐っこくお喋りな彼女と一年近く暮らしたおかげです。英語は一言も話さない人だったので、家に帰れば嫌でもイタリア語で延々と会話する毎日でした。
こうした経験は、いずれも独り暮らしでは得られなかったことでしょう。
おわりに
いかがでしたか。今回の日常生活編は家探しのエピソード中心になりましたが、住み心地の良い家に巡り合えるかどうかで留学生活そのものが良くも悪くもなることを、わたしは身をもって経験しました。
間借りやシェアリングでなくとも、留学中は学生寮やホームステイ等で誰かと生活スペースを共にするケースも多いと思います。一緒に暮らすかもしれない相手がどんな人か、なるべく入居を決める前にしっかり見極められると良いですね。
わたしの場合、一軒目の家ではその見極めが甘かったのですが、やむを得ない事情もありました。その点は次回少し触れようと思います。
さて、連載でお届けしてきた英語によるイタリア正規留学体験談も、次回で最終回となります。受験対策から渡航手続きまで、どんなステップを踏んで私費の正規留学を実現させたかをお話しする予定です。どうぞお楽しみに。