イングリッド・バーグマンが愛したロッセリーニのネオレアリズモ映画<その2>

イングリッド・バーグマンが愛したロッセリーニのネオレアリズモ映画<その2>

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イタリア人の夫と息子と東京暮らし。日本にいながらもイタリアの食卓を再現したくて研究中。またイタリアの小説や映画を日本にもっと普及できればと、日々記事を書いています。

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前回の<その1>の記事では、ネオレアリズモ映画を代表するロベルト・ロッセリーニ監督について、彼の映画を愛した女優・イングリッド・バーグマンについて、また彼の代表作である『戦火のかなた』について、取り上げました。

この記事では、ネオレアリズモ映画の中ではかなりドラマチックで、エンターテインメント性も溢れる『無防備都市』という映画について紹介いたします。

ハリウッド女優として確固たる地位を築いていたイングリッド・バーグマンが、何もかも捨てて、ロッセリーニとともに人生を歩むことを決心させたその映画は、彼女にどのような衝撃を落としたのか、想像していただければと思います。


『ウンベルト・D』ーネオレアリズモ映画を見始めるひとたちへー

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『無防備都市』

出典:http://www.artspecialday.com

あらすじ

イタリアは戦争に負け、ムッソリーニ政府は崩壊、ドイツ軍占領下時代のローマ。あるレジスタンスの指導者がドイツのゲシュタポに追われています。そこで友人とその恋人(アンナ・マニャーニ)、彼らの家族がその指導者を匿うことになります。

そしてその町の神父(アルド・ファブリーツィ)も、密かにレジスタンス活動の協力をします。やがて、その友人は彼女と結婚式をあげる日を迎えたが、家にナチス軍がやってきてしまいました・・・

解説

”戦時中の再現”ではなく、まだ戦火の跡が残るローマを感じます。

ロッセリーニはまだドイツ占領下の1943年にも別の映画を撮っていました。そしてその後すぐこの作品。荒れ果てた状況の中でのその創作意欲には恐れ入ります。

ちなみにフェデリコ・フェリーニがロッセリーニに拾われ脚本を手伝っています。まさにフェリーニが初めて映画人生に足を踏み入れた、それだけでも伝説的な映画なのです。

本作品がネオレアリズモ映画の代表作であるにもかかわらず、他の映画と少し趣が違うことにお気づきの方もいると思います。その違和感はその通りで、何点か変わった点があります。

人気俳優を積極的に起用

まず素人ではなく、アンナ・マニャーニアルド・ファブリーツィ(コメディアン)などの人気俳優を登用している点が典型的なネオレアリズモ映画とは異なります。

アンナ・マニャーニは、ソフィアローレンより前の世代のイタリアを代表する女優です。あの風貌、腰付きのいい体格と勝気な感じの女性は、典型的なイタリア女(特に南イタリア)を演ずるのにぴったりでした。淀川長治も「イタリアで一番好きな女優」とあるエッセイで書いています。(「ヴィスコンティとその芸術」1981年 パルコ出版より)

私もアンナ・マニャーニを見ていると不思議と目を逸らさずにはいられなくなります。

あのハスキーヴォイスとセリフに漲る力強さ、顔も特徴的で、そして何よりも迫真の演技に思わず涙させられます。家族を守るためにお上にたてつく、小さきもののために立ち上がる、そんな強い女性を演じるのに彼女は本当にうってつけで、私は映画の中の彼女の存在に何度涙したことでしょう。

彼女を見るだけでもこの映画を見てほしいと思うぐらいです。彼女が夫となる人を追いかけるシーンは名場面中の名場面。彼女が全速力で走る姿は網膜に焼き付いて離れないほど悲しいです。

出典:Nastorix

ドラマチックなストーリー

そして2点目としては、この映画は大変ドラマティックです。他のネオレアリズモ映画が退屈と思う人も、これはもっと熱いものがこみ上げてきて、手に汗握ってストーリーを追え、夢中のまま見終えると思います。ちょっとこの系統の映画に苦手意識を持っている人でも、のめり込めると思いますので、是非試してみてください。

出典:studentessa matta.com ゲシュタポ役もあくが強くて見どころ。

この映画ではドイツとイタリアの国民性の違いが見れることも面白いかもしれないです。(もちろんナチスの人々の発言なので極端な部分もありますが)

映画中ゲシュタポの一人は、イタリア国民のことを、「ロジカルさに欠けていて、建設的な話し合いが下手」と言っています。この発言からも分かる通り、ドイツ兵はイタリア人をかなり下等民族とみています。

しかし一方でこのゲシュタポの拷問により、レジスタンスの1人は仲間の情報を一切吐かずに力尽きて結局死んでしまいますが、それによって下等民族であるはずのイタリア人の誇りは保てたという勝利の感覚が残るのも、他のネオレアリズモ映画と趣が違う点かもしれません。

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コミカルな「キャベツ」のシーン

ちなみに余談ですが、神父がキャベツのスープを作ってる場面があります。日本人にはあまりない感覚ですが、キャベツ(Cavolo)はイタリアでは不味そうな食べ物の代表格です。貧相な食べ物で、臭くてあまりおいしくないというイメージが強いそうです。このシーンでも

「La zuppa di cavoli(キャベツのスープ)を作っているよ」と神父が言うと、

アンナ・マニャーニが嫌そうな顔して、「Sì, si sente. (ええ、わかるわ)」と答えます。彼女の表情と言い方があいまって、なんとも可笑しいシーンです。

こういうイタリアの庶民の感覚が分かると、実はこの映画は、コメディタッチも加味しエンターテイメント性を意識した、バランスの良い映画ということに気づかされます。

主人公は「私たち市民」であること

この映画は実はもともと3エピソードで構成する構想だったらしいです。実際の全く関連性の無い3つの話をそれぞれオムニバス形式で作ろうとしたところ、脚本の関係で結局2部構成の一つのストーリーにまとまったもののようです。

だからなのか、これと言った唯一の主人公というのがありません。これがかえって功を奏していて、主人公は私たち市民なのだという点を強調できており、この物語は私たちの物語なのだと観客に意識させることに成功していると思います。

シングルマザーもいれば、大家族、夜の仕事の女性もいれば、公職についていながらも弱い立場の人など、いろいろな立場の人に感情移入することができます。ネオレアリズモ運動の趣旨としても、これは本当に代表作だと、改めて私は感じます。

さいごに

こんな映画です

  • 戦後直後に取られた緊迫感のあり、ドラマティックな反ファシズム映画
  • ネオレアリズモ映画にしては珍しく、人気俳優を配している
  • イングリッド・バーグマンがロッセリーニの才能に惚れた映画

映画情報

・公開年:1945

・制作国:イタリア

・監督:ロベルト・ロッセリーニ

・出演: アルド・ファブリッツィ、アンナ・マニャーニ、マルチェロ・パリエーロ

・放映時間:102分

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ご存知の通り、戦争を伝承する人が少なくなってきています。戦争を生で経験している人、私の世代は彼らの話をよく直で聞いたので、戦争を繰り返してはいけないという意識が比較的強いと思います。

私の場合、祖母が戦争の語り手でした。夏になるといつも東京大空襲の日の話を淡々と話してくれて、しかしそれはあまりにも生々しく、劇的な話でした(祖母もいつの間にか涙ぐむ時もありました)。あの話は強烈な印象とともに、何故か実際に映像で見たような記憶が私のなかに刻み込まれています。

しかし残念ながら、それをあんなにもリアリティを持って語り継ぐことは私にはできません。これは同じ境遇の人ならば誰もが思うことでしょう。今後はどうなっていくのでしょう。若い人たちはどうやって彼らの思いを引き継いでいけばいいのでしょう。

そのためにもイタリアのネオレアリズモの映画を見て欲しいと思います。そこには戦争によってもたらされた人間の非情さ、貧困社会に起こる不条理さなどがたくさん描かれています。ハッピーエンドはなしに、ただ淡々と冷静な視線で。見ていてやるせなくなったり、絶望的になったりすることもあるかもしれません。しかしその悲劇の狭間に、確かにある愛に、少しの希望を見出すかもしれません。

現実の中にいるだけでは気づかない、その映画になったからこそ見えてくるものに、少なくともイングリッド・バーグマンも、その時代の人々も、そして今の私たちもハッとさせられるのだと思います。みなさんがこれらの映画に興味を持ってくださること、またこの映画が後世につながればいいと切実に思っています。

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